西日本理論経済学会の沿革
1960年代において日本経済は高度成長が進んでいたが、経済学の学問分野ではマルクス経済学の研究者が依然大勢を占めていた。九州、西日本の諸大学でもそうした状況は変わっていなかった。その中で、西南学院大学経済学部の平岡規正教授、九州大学農学部の土屋圭造助教授、福岡大学経済学部の伊東正則教授、九州大学経済学部の武野秀樹助教授は、理論経済学を基礎として経済学教育の発展を期待して、現代経済学のテキストの作成に取り組んだ。このため、1年以上の研究会を開催し、報告発表と討論を重ねて、1968年3月に4人の共著による書籍『現代経済学原論』が東洋経済新報社より刊行された。この研究会のなかで、より広く西日本地区の研究者による研究交流をすることによって、理論経済学の研究と教育を進展させていく必要があるのではないかと考えがでて、1968年3月30日、前記の4名の研究者を中心に西日本地区の理論経済学(計量経済学を含む)の研究者たちが九州大学農学部に集まり、西日本理論経済学会第1回例会を開催した。まず、西南学院大学の大崎正治氏が「資源配分と経済体制」の報告をし、その後の懇談会で、幅広い地域の研究者が緊密に連携・交流することによって、理論研究経済学の発展そしてその教育を促進する必要であることから、福岡を中心に西日本の研究者を呼び掛けて定期的に研究会をおこなうこととした。研究会の名称を西日本理論経済学会とし、年4,5回の報告例会をおこなうこととし、数名の幹事が選出され。当初、代表幹事は、福岡大学の伊東正則教授、つぎに九州大学農学部の土屋圭造助教授が担当されて、その後、九州大学経済学部で武野秀樹教授が担当され、事務局はその理論経済学研究室が行うこととなった。当初、年4・5回ほどの例会が行われていたが、1979年から年3回の例会を原則としておこなうこととなり、また、各例会で3つの報告がなされていった。また、メインの開催校は福岡大学、西南学院大学、九州産業大学、久留米大学、九州大学であった。1982年第61回例会より、各報告に対して討論者を付け、より充実した議論ができるようになった。この間、参加メンバーも順調に増え、学会運営も煩雑になったこともあり、事務局幹事を置くことにし、1985年より細江が担当した。1988年4月には120名余の会員となった。
そのなかで、九州のみならず、関西、関東の研究者の活発な研究発表、交流が進んでいった。こうした学会の発展のなかで、1991年に年次学会誌『現代経済学研究』を勁草書房から創刊することとなった。その創刊号が刊行された1991年の末にはソ連崩壊という世界史的に大きな出来事があった。我々の研究は現代社会の様々な資源配分の実際の動向とその評価、そして対応する政策の提案をしていくことであることが痛切に認識されたところであった。各号は、特集論文と一般論文からなり、査読のうえ掲載されたが、若手の研究者の輩出、意欲ある研究者たちによる研究協力、そして、西日本地区外から新たな研究者の参加という新風がふき、例会での活発な発表、議論を踏まえた優れた投稿が続いた。
西日本理論経済学会は1995年7月に100回例会を迎えて、九州産業大学において記念大会を開催した。まず、宮澤健一一橋大学名誉教授による招待講演「『体制』変動下の産業国家VS福祉国家―市場化の限度と社会化の節度―」が行われ、三会場三セッションの午前、午後での報告があり、全部で21本の研究発表があり、大変盛況であった。宮澤氏のご講演はまさに世界史的な体制変換を受けて、市場と政府の役割を問うたものでした。この記念大会が大きな刺激となって、会員の増加、旺盛な研究・発表意欲が続き、1998年第108回例会から複数会場による報告開催が常態となった。
こうしたなか、西日本理論経済学会の会員の皆様のご協力を得て、今泉博国先生、駄田井正先生、薮田雅弘先生、そして細江守紀が監修して、現代経済学のコアシリーズとして全15巻の書籍を2000年から勁草書房より逐次刊行した。これは現代経済学の今日的成果を取り入れた体系的で標準的な教科書シリーズを目指したもので、各巻、それぞれの専門分野での貢献された会員の方々の編集のもとで、大学一年次から大学院初級にまで広がったテキストシリーズとなり、2006年に完結した。
この間、会員も増加し、2000年4月には248人となった。2004年4月の総会で代表幹事に広島修道大学の時政勗教授が選任された。2004年第127回例会(10月23日)で時政勗教授の代表幹事就任講演が行われた。講演タイトルは「中国における地域別・産業別温暖化ガス」であった。
こうして、会員の増加、そして全国的な会員の広がりを受けて、2005年5月21日第129回例会総会において、2006年4月より西日本理論経済学会は日本応用経済学会として改組することになった。1991年学会『現代経済学研究』の創刊にあたって、創刊号の冒頭に当時の代表幹事武野秀樹教授は「「西日本」という地域に偏した学会名を冠していること、そして機関紙をもっていないことが、学会の発展にとっての長年の課題であった」と述べられていた。機関誌の刊行に続いてもう一つの課題であった学会名について、ただ単に名称変更ではなく、これまでの学会活動を包摂し、全国的なスケールでの新たな学会「日本応用経済学会」へと改組をすることとした。
「最後の例会」である第131回例会は2006年2月18日九州産業大学で開催された。6セッション計16本の報告がなされ、また、シンポジウム「道州制をめぐって」が開催され、「道州制論議の動向」門山泰明氏(総務省自治行政局)、「広域自治体の役割と道州制の課題」沼尾波子氏(日本大学)の報告とパネルディスカッションが行われた。また、学会誌『現代経済学研究』は14号で終刊となったが、あらたな学会「日本応用経済学会」でも学会誌『Studies in Applied Economics 応用経済学研究』が刊行されることになった。なお、学会誌『現代経済学研究』の終刊後に、特集号を追加刊行した。特集タイトルは「応用経済学の課題と展開」として10本の論文が掲載された。
現在、日本応用経済学会ができて20年となった。この間、日本社会が少子高齢化のなか、研究者の育成に課題がみえるなか、幾つかの学会が困難な運営に直面していると聞いているが、日本応用経済学会は、全国的な規模の学会として順調な発展を遂げている。現在、行動経済学やデータサイエンスなどあらたな方法論や現代社会のあらたな展開による研究分野の拡大が進み、これまでの現代経済学の新展開や見直しが進行しています。そうした経済学研究のあらたな大きな展開は、現代経済学がその社会的有効性をあらためて問われる時代に直面しているということを意味します。あらたな学会『日本応用経済学会』がこうした時代に対応する学会として社会の要請にこたえていくことになれば幸いです。最後に、西日本理論経済学会が131回もの例会を開催できたことはひとえに会員の皆様の献身的なご協力とご努力の賜物です。感謝いたします。
(文責 細江守紀(前日本応用経済学会会長))